うみをすすむ

0歳10ヶ月、網膜芽細胞腫(レティノブラストーマ)という目の小児がんで右目を摘出した息子との日々のこと。病気と向き合う記録。

祖母の死と息子の生

大好きだった祖母が亡くなってちょうど一年
凛として力強く、優しい祖母は私のあこがれでした。

そして息子が生まれてもうすぐ一年が経ちます。

臨月で里帰りして一週間ほどたった時に
近くのケアハウスにいた祖母が風邪をこじらせて入院。当初は数日で回復するだろうといっていたのに急変し心臓にまで影響が出て大きな病院への緊急搬送。
意識が混濁し暴れる祖母に昼夜、母は寝る間もないくらいつきっきりとなり
私は里帰りで休むどころではなくなって、家族のごはんを作ったり、付き添いに出かける家族のサポートに徹することになったのでした。

お腹の中の息子に、
今は出て来ちゃだめだよ。
もうちょっと待っていてね

そう何度も言い聞かせていました。

今出産となれば一人で病院に行くことになり、この子は祝福のないまま生まれてくることになる。それはできるなら避けたかったのです。

大きな病院への搬送のタイミングが悪く、緊急搬送されたのにも関わらず専門の医師になかなか見てもらえず、訳の分からない理由で何かたらい回しのようになり状況は悪化。
里帰りした当初は元気だった祖母は急変からもう数日という宣告を受けました。

酸素濃度が落ちていく中で祖母のところへ行きお腹をなでてもらいながら

「もうすぐこの子出てくるんだよ」と

苦しくて、苦しくてしょうがない呼吸の中で静かに優しくなでてもらったこと
今でもその光景を忘れられません。

帰ってきた時は息子を見てもらえることを疑わなかったのに。


祖母が息をひきとったのはそれからしばらくしてのこと


そして息子はすべてを見届けたかのようにお葬式も何もかも全て終わってすぐに
家族の祝福と共に生まれてきました。


「あなたは強いね」
息子の病気を伝えたときいろんな人に言われたけれど
あの臨月の一ヶ月
死と生の狭間に居たからだと思うのです


毎日毎日家族の平穏を願っていてくれた祖母。


息子に起きた沢山の偶然と共に
祖母が生きるんだよと道を示してくれた気がしています。


一周忌。
あのときお腹にいた息子と
ありがとうを言いに


守ってくれてありがとう