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うみをすすむ

0歳10ヶ月、網膜芽細胞腫(レティノブラストーマ)という目の小児がんで右目を摘出した息子との日々のこと。病気と向き合う記録。

入院から手術まで(1)

発覚〜手術まで

12月26日 夜
案内された小児病棟はとても広くて綺麗。
感染予防の為、両親と祖父祖母しか入ることはできず、ロックも厳重。

病院は違えど
10ヶ月なのに息子は入院二回目。
そして付き添い入院も二回目。

1歳未満は付き添いで誰かが入院する必要があるのだけれど、親用のベッドはないから柵つきベビーベッドで一緒に添い寝、そしてご飯も出ないから合間をみつけて買ってきたりお風呂も希望通りには入れない。なかなかハードではある。

入院の説明を聞いて、様々な書類にサインをしていく。一日の密度が高すぎて思考がストップしていたからフワフワ流れ作業のように片付けていった。

主人の休みは今日まで。
着替えなど最低限必要なものを取りにいってもらった。

この日はこれで終わりということで院内のプレイルームで遊ばせる。

ああ、こんなに元気なのにな。いつも通りなのにな間違いじゃないのかなって何度も思った。もうこんな姿、当分見られなくなっちゃうのかなって


12月27日
朝から点滴がとりつけられた。手を動かさないようにぐるぐる巻だ。
痛いね、痛いね。

「今日は大変よ、がんばろうね」
そう言われた通り、0歳の子に人間ドック以上のスケジュールが組まれていた。
この日で年内の検査は終わってしまうからだ。

MRI
・骨シンチ(骨の様子を撮影する 骨に転移がないかどうかのチェック)
・レントゲン
・骨髄穿刺
その他にも2〜3種の検査があった。

まずはMRI、骨シンチ。まだ赤ちゃんの為、眠らせないと撮影ができない。
薬を入れて眠らせる、検査、の繰り返し。
こんな小さいのになんてことをさせてるんだろう。

骨髄穿刺なんて私でもやったことないんだよ。

午前中に心配した妹が地元から新幹線でかけつけてくれた。甥っ子、姪っ子はおなじくらいの年。
息子のこともすごく可愛がってくれてて、いてもたってもいられなかったんだと思う。
あまり居られないけれど、とのことだったけど正直すごくホッとしたし、ちょっとだけ日常に戻ったように落ち着くことができた。

どこかずいぶん遠い所にきたような感覚になっていたから。

それに主人は仕事で日中〜深夜まで抜けることはできない。
一人で全ての検査に立ちあわなければならなかったから、たわいもない話でも心強かった。

上へ下へ、また上へと全ての検査が終わったのは夕方のこと。
夜がふけたころ、説明に呼ばれた。小児科の先生が並んでいる中で説明が始まった。

結果は私一人で聞いた。
主人はこの時間には来ることができないし妹と入れ替わりに向かってくれていた母はまだ到着していなかった。

でも結果的にはそれでよかったと思う。昨日、今日の検査すべてを見てきたのは私だけ。その間に私は心を整理していっていたけれどいきなり結果を聞くことになったら耐えられない。

動揺する主人や母の配慮までは私はできなかったと思う。

結果は
・画像上では脳、骨浸潤/転移はみられない。骨髄検査も異常なし
・腫瘍は大きく網膜全剥離の状態
・眼球を温存しても視力がない状態なので
 今後の体への影響(転移の可能性)を考えると眼球摘出が最良だと思われる

画像と共に順序立てて説明いただいた。

心はなんというか氷の張った水のような感じでピンと冷たく、波立ちもしない
気がはっていたのもあると思う。

昨日、そして今日の検査の中で
この病気であることはどこか受け入れていた

どうか、未来のある結果でありますように。

それだけが願いだったから転移がなかったという結果にはどこかホッとしていたんだと思う。

「明日、眼科の先生も交えて最終的なお話をしましょう」


深夜、駆けつけた母と仕事を終えた主人と小児科での結果を伝え話をした。

眼球摘出

選択肢は他になかった。